部屋の掃除で心を改善

部屋の掃除で心を改善

休日。朝起きたらベットのシーツと枕のカバーを洗濯機へ。天気が良ければ掛け布団と敷布団、枕はベランダで干します。

寝具の作業が終わったら床の掃き掃除です。掃除機は使いません。ほうきで掃き、次に雑巾で床を拭きます。家具と窓も拭きます。

最後に本棚の整理をして休日の掃除が終了です。

私は忙しいときでも部屋の掃除は絶対に欠かさず毎週行ないます。それもささっと済ますのではなく、綺麗に隅々まで。これはいわば私にとって毎週行なっている儀式のようなものなのです。

“部屋の汚れは心の汚れ”

私はそう思っているのです。

これは何となく分かってくれる人もいるんじゃないでしょうか。例えば、仕事ができる人は整理整頓が得意でデスクが綺麗であったり、性格が穏やかな人ほど部屋が綺麗であるなど、自身、もしくは周りに該当する人がいることだと思いますから。

私は結構ずぼらな性格です。なので部屋のイメージを人に聞くと、「ゴミ屋敷のような汚い家にすんでそう」などと笑っていわれます。しかし実際は毎週掃除を欠かさず行なっているので綺麗な家です。訪ねてきた人は、その意外性にびっくりしています。

これは逆転の発想です。私はずぼらな生活なので、生活が乱れがちです。なので部屋を綺麗にすることでずぼらな性格を整理整頓ができるしっかりした性格にしようという考えなのです。

そんなことをしたところで性格は変わらないと思われがちですが、それがそうでもなく、かなり影響があります。

第一に、部屋の雰囲気が綺麗に変わったことで、部屋にいるときの感情が変わりました。以前は汚い部屋でだらだらと過ごしがちだったのですが、部屋が綺麗になると読書をしたくなったり、部屋のコーディネートをしたくなったりと、心にゆとりがもてるようになりました。

朝起きた感覚がまた気持ちよくなりましたね。前までは目覚めが最悪でしたが、今は起きるとすぐに心がすっきりです。物が整理されて綺麗な部屋は広く感じて気持ちが良いのです。

意外と人間の心というのは、簡単に改善することができるのだなと、私は部屋の掃除をするようになって感じました。

しかしここで重要なのは、部屋が綺麗だから心が改善したのではなく、毎週しっかりと掃除をするようになったから改善したのだと思います。誰かにお願いして部屋が綺麗になったとしても、改善はできないでしょうね。

ベンツSLクラス

お金持ちの友人

私の友人で一人、実家がとても裕福でその恩恵をうけて何不自由のない生活をしている人がいます。つい最近結婚したばかりなのですが、新婚生活も順風満帆です。

彼の人生を一言でいうなら「障害のない人生」という感じでしょうか。実際のところは何もわかりませんが、他人から見ると妬みも加わりそうなってしまいます。

とにかく人並みの苦労をしていない人なのです。それが良い悪いは別にして、です。

例えば、普通車を一台買おうと思ったらそれなりに働かなくてはいけませんし、ローンを組むことも考える必要があるのです。彼は欲しいと思ったら買ってもらいます。

そしてご両親はお金が有り余っているので、欲しいなら買ってやろうということになるのです。超がつくお金持ちなので、私たちにはわからない感覚なのでしょう。

とにかく万事がそれなので、自分で苦労して貯めたお金で買ったもの、というのがこの世に存在しません。

それだけなら別に普通のお金持ちなのです。他人様の家のことですし、他の人がとやかく言うことでは決してありません。お金があるなら使えばいいのです。

ただ、友人にはひとつだけ大きな欠点があるのです。それはお金持ち特有の「ケチ」を変なところで発揮するということです。真の金持ちは真性のケチなのです。

だからお金が貯まるのです。それはいいことだとは思いますが、万事がそれですと信頼を失うことになりかねません。

彼は自分のことには惜しみなくお金を使います。それは誰しも同じでしょう。それが、人に対して使うということが全くないのです。1円すら募金しない人なのです。

そして、受けられるサービスは全て受けて当然だと考えています。先日、とあるお店で小さな絵画イベントを行うことになり、私と友人は関係者として手伝っていました。

そこはカフェでしたので、関係者の4人はマスターから飲み物を頂いていたのです。

イベントが終わったあと、ごはんを食べたり一緒に飲み物を飲んだりしたので、それまでご馳走になってはやってもらいすぎだと判断し、最後の飲食代は払うことに。

3人は異存がなかったのですが、一人だけ猛烈に反対したのが、その友人でした。結局一人だけ代金を払わずに、お礼すら言わずに帰っていってしまったのです。

恐らく今後深く関わることはしないと思いますが、彼からお金をとったら一体何が残るのだろうと考えてしまいました。